大人の発達障害による生きづらさ、マイノリティに関して感じること

大人の発達障害により、生きづらさを感じたことがある

マイノリティで、理解者がいないことに悩む男性

『何となく』嫌われることが多かった

筆者は発達障害のひとつ、ASD(自閉症スペクトラム)を持っています。診断を受けたのは30歳の時ですが、過去にさまざまな困難を感じていたため、『周りとは何か違う』という意識は既に持っていました。

その理由の一つに、『何となく』嫌われることが多かったことが挙げられます。学生時代、特にひどいことを言った・したわけではないのに周囲から嫌われたのです。理由を聞くと『何となく』『変だから』という、曖昧な回答にさらに苦しい思いをしたものです。

明確な理由もないのに傷つけるのは無責任だ…ということに怒りを感じ続けていました。

参考:大人の発達障害 岡田クリニック
参考:アスペルガー症候群(自閉スペクトラム症)|ふせき心療クリニック 心療内科 精神科 児童精神科 埼玉県 さいたま市 さいたま新都心

発達障害=マイノリティ(少数派)であるがゆえに苦労したことがあった

このように『変だから』というだけで嫌われることをはじめ、マイノリティ(=少数派)であるために生きづらさを感じた事が多々ありました。今回は、

・大人の発達障害=マイノリティであるために感じた生きづらさ

これに加え、

・マイノリティであるからこそ感じているメリット

こちらについても紹介していきます。

マイノリティであることで感じた生きづらさ

多数派のリズムについていけない、マイノリティの男性

『みんな』と同じになることを強要される

特に学生時代は、周囲にいる人間は類似しているケースが多いです。年代や服装、取り組むことその場所、接する人など、とにかく共通している点が多いことは想像できるのではないでしょうか。そのためにその中で少しでも『違い』があれば、目立ちやすいのです。

さらには同じ状況であるために、『周りと同じでなくてはいけない』という雰囲気もありました。そのため、『違い=ルール違反』のような目で見られることを多く経験してきました。

社会に出れば様々な価値観やスタイルを持つ方と触れ合うために、ひどいことを言われても『それも考えの一つだ」と意識できます。しかしこのころは『学校が全て』と錯覚してしまうのです。だからこそ、この「ルール違反」を受けて長く自分自身に罪悪感を持っていました

『違う』というだけで笑われる

『違い=ルール違反』という意識で見られるために、まるで「間違い探しの間違いを見つけた」かのように笑われることもありました。それは同年代の生徒だけではなく、その親など大人たちからも受けました。子どもならまだしも良識ある(と思い込んでいる)大人に言われたことで、自分の中で『周りと違うことはいけないんだ』という意識を持ったほどです。

考えや意見を聞いてもらえない

『多数決』があるように、筆者が経験してきた学校では「多いものが正義」という考えが浸透していました。そのためどんなに考えた事でも、全く聞いてもらえないことも多くありました。「あいつの言っていることはおかしいから、聞かなくていい」そのような空気があった時も経験しています。

周囲の噂などで人物像を決められてしまう

マイノリティだと、当然身の回りにいる人とは違うタイプであるかもしれません。それであるがゆえに、『怖い』『何を考えているか分からない』と恐れられてしまうこともありました。直接聞いて確認しないと分からないことも、周りの噂を頼りに筆者を知ろうとするのです。

知らぬ間に自分ではないキャラクター(噂で出来上がった人格)で解釈され、誤解されることも経験しました。『本当の自分を知ってもらえない…』『自分を知ってもらうチャンスすらない』そのような生きづらさを長く持ち続けていたものです。

何とか知ってもらおうと言葉にすれば、さらに誤解が深まるという悪循環に苦しみました。

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マイノリティであることに、誇りを持っている

思い出しながら記事を作成する男性
このような生きづらさを経験してきましたが、それでも筆者はマイノリティ(=発達障害)であることに誇りを持っているのです。それは小学校の時、『本当に正しいことであれば、その支持者が多い・少ないは関係ない』と言うことが分かったからです。

それは小学校3年生の時、全校生徒参加の○×ゲームで、筆者1人だけ違う答えを選択した時です。答えが発表されるまでは目の前の全校生徒から笑いの対象でしたが、正解は自分の回答であったのです。この瞬間、全校生徒の見方が一気に正反対になったのを今でも覚えています。

当時「人が思う価値観って、こんなに無責任に変わるものなのかな…」と半分ショックも感じましたが、同時に『正しいと信じて行っていれば、成果や周囲の評価はついてくるものだ』と気が付いたのです。

この時から、「自分はマイノリティでも良いのでは」と誇りを持ち始めたのです。

マイノリティに関して意識していること

記憶の整理をする、マイノリティの男性

他のマイノリティに対しても、先入観で判断しない

自分自身、「少数派」というだけで沢山の偏見や痛みを受けてきました。そうした痛みを知っているがゆえに、他のマイノリティの方に対しても先入観で見ないように心がけています。自分自身も「違い」を認識しているからこそ動揺せず、どんな人でも平等に見られることができるのかなと感じているのです。

『違い』が分かりやすく、『売り』にできる

かつては自分の『違い』に対して罪悪感や嫌悪感しか持っていませんでした。しかし、マイノリティであることで、多数派(とりあえず多数派についておこう…という方も含む)と比較して「違い」を強く意識する時間が長かったと感じています。それゆえ、同調する力はないけれど『売り=強み』に変える活かし方に辿り居つきやすかったのかな、と意識しているのです。

周囲の価値観は変わるもの。自分を持つことが大切

先ほどの○×ゲームの話にもあったように、どんなに「誰もが思う正解」でも違うところに「正解」が見つかったと分かればあっさりと変わってしまう経験をしました。そこで気づいたことは

・周囲の価値観は変わりやすいこと。絶対だと言われることも変わる可能性があること。
・「みんながそうだから」「~が言っていたから」という動機で決断している人が多く、自分の意思で動くということの難しさ

この2つです。ですから「少数派」になっても動揺せず、自分の意思で動くことができるのはメリットになると感じているのです。

多様な考え・価値観も受け入れやすい

今後はニューロダイバーシティソーシャルインクルージョンなど、多様な考え方や価値観が増えてきます。これまで『普通』という言葉で解決できたことも、そのたび本質を考えて判断しなければならないことに戸惑うかもしれません。

しかしマイノリティであり、常に「少数派」の考え方を意識してきたために『違い』に直面しても「それもまた一つ」と向き合うことができています。

活かし方を知ることで、はじめて『個性』に変わる

マイノリティが活き始める男性
ここまで発達障害も含む「マイノリティ」についてお伝えしてきました。筆者の経験で感じるのは、活かし方を考えていくことの大切さです。

「少数」というスキルだけでは、「みんなと違う」「普通じゃない」という解釈で終わってしまうと感じているのです。マイノリティであることを財産に変えるためには、自分自身を受け入れて活かし方を得ることだと感じています。そこではじめて「個性」という希少価値に代わるチャンスが来るのでは、と意識するようになりました。

おわりに

テレワークをする男性
いかがでしたでしょうか。

マイノリティを「財産」と取るか、「面倒なもの」と受け取るかは、自己理解によって変わってくるでしょう。この記事で自分を活かすべく、もう一度自分自身と会話するきっかけになりましたら幸いです。

【筆者紹介】
Salad編集部員。1980年生まれの男性。広汎性発達障害、ASD(自閉症スペクトラム)の診断を受けている。HSP傾向も強い。個性や違いに関しては『拒否すれば邪魔物、受け入れれば武器になる』と考えている。

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